【キングダム】信には実在のモデルが存在した

キングダム信モデル

キングダムは実際の史実に基づいた漫画です。主人公である信にも実在するモデルがいます。

今回、信のモデルとなった李信がどんな人物なのかお伝えしていきます。

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キングダムの主人公信

キングダム信モデル

出典:www.youtube.com

戦争孤児の少年。低い身分から自らの腕で「天下の大将軍」となることを目指す。1話冒頭で「李信」と呼ばれている。豪気且つ直情径行で、自分の意志を貫く頑強な心を持つ。ただ礼儀作法は知らず、秦王である嬴政も堂々と呼び捨てている。

相手が格上であってもそれに比例して自分の実力を底上げする武の天稟の持ち主。漂によると「自分が勝てない相手に信は勝つことができる」と言う。当初は自分の武力で全てを片付けようとする猪突猛進型であったが、王騎からの修行や助言、幾多の経験を経て「将軍」としての実力を身につけていく。

 

そんな信にはモデルとなった実在の武将がいるのです。

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キングダム主人公信のモデルとなった李信

キングダム信モデル

出典:natalie.mu

信のモデルとなったのは、李信という武将。李信の経歴がこちらです。

紀元前229年~紀元前228年、王翦が数十万の軍を率いて趙と対峙している時、李信は趙の太原、雲中に出征していた。

紀元前226年、王翦と王賁は、前年の燕の太子丹が主導した荊軻による秦王政(後の始皇帝)暗殺未遂事件の報復として、燕都・薊を攻略し、燕王喜と太子丹を遼東に敗走させた(燕の事実上の滅亡)。この際、李信は、約1000の兵を率いて燕軍を追撃し、太子丹を討ち取った。

紀元前225年、秦王政は、楚を征服したいと思い、対楚戦にどれだけの部隊が必要かを諮問した。李信は、「20万」が必要だと語った。一方で王翦は、「60万」が必要だと語った。秦王は、王翦が耄碌したものと捉え、李信の案を採用して侵攻を命じた。李信は総兵数20万を二つの部隊に分け、李信は平輿で、蒙恬は寝丘で楚軍に大勝した。さらに、李信と蒙恬は、郢周辺を攻め、再び楚軍を破る。しかし、城父で李信と蒙恬が合流した所を、三日三晩追跡して来た項燕率いる楚軍に奇襲され、2カ所の塁壁を破られ7人の将校を失う大敗を喫した。そのため、王翦と交代させられた。なお、翌年、王翦と蒙武が60万の兵を率いて楚を攻め、楚王負芻を捕虜にし、楚を滅亡させた。

紀元前222年、王賁と共に燕の遼東を攻め、燕王喜を捕虜とし、これを滅ぼした。さらに、代(趙の滅亡後に趙の王族が代に逃れて樹立した政権)を攻め、代王嘉を捕え、代を滅ぼした。

紀元前221年、王賁と蒙恬と共に斉を攻め、これを滅ぼした。

 

史実では大敗を喫しているものの、特に静粛されたという記述がないところから考えるに、作中同様秦の国王からの信頼があるとされています。

また、実在の李信も若くして活躍した武将であるようで、そこらへんの事実がキングダムの設定に活かされているのでしょう。

 

「楚に大敗を喫する」というのが気になるところ

信がこの李信をモデルとして描かれているとなると、史実にある「しかし、城父で李信と蒙恬が合流した所を、三日三晩追跡して来た項燕率いる楚軍に奇襲され、2カ所の塁壁を破られ7人の将校を失う大敗を喫した。」という点が気になります。これは今後楚との戦いが描かれることになった際に、信が今までにないほどの大敗北を喫することになるという展開になる可能性は高いです。

また、楚との戦いの前に「李信は、「20万」が必要だと語った。一方で王翦は、「60万」が必要だと語った。」というのも面白いですね。勢いで戦いに乗じる信と「絶対に勝つ戦以外興味はない」という王翦の性格の設定もこのような史実が反映しているのでしょうね。

 

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